神の律法: 毎日の黙想: だれも二人の主人に仕えることはできません(マタイ6:24)

「だれも二人の主人に仕えることはできません」(マタイ6:24)。

私たちが本当に心のすべてを神に委ねるときに生まれる真の平安について考えてみましょう。自分の意志や個人的な計画といった秘められた保留を手放し、現在も未来も神にゆだねるとき、何か特別なことが起こります。穏やかな喜びと持続する安らぎが私たちを満たすのです。従順は重荷ではなく特権となり、私たちの犠牲は内なる力の源へと変わります。神と共に歩む道は、かつては疑いに満ちていたものが、今や滑らかで目的に満ちたものとなるのです。

自由と平安に満ちた生活はユートピアではありません。それは可能であり、すべてを神に委ねることを決意した者の手の届くところにあります。思い、感情、態度を主の御手にゆだねるとき、神は私たちを清め、変え、真の目的へと導いてくださいます。神によって形づくられ、御心に導かれる以上の成就はありません。まさにこの委ねの場で、私たちは本当の自分、すなわち愛される子どもとして栄光へと導かれていることを発見するのです。

この世で最も幸せな人々は、「自分」を捨て、神の力強い律法に完全に従うことを選んだ人々です。彼らに何が起こるのでしょうか。神が近づいてくださるのです。神は決して裏切らない忠実な友のように、彼らと共に歩まれます。一歩一歩を導き、困難の中で慰め、試練の中で力を与え、やがてキリストにある永遠の命へと導いてくださいます。それは従順を選んだすべての魂の最終目的地です。―フランシス・コッブより抜粋。主が許されるなら、また明日お会いしましょう。

一緒に祈りましょう: 愛する神よ、私が切に求めていた真の平安が、心を完全にあなたに委ねるときに与えられることを感謝します。私はこれまで、隠された保留―自分自身の計画や恐れ、願い―を抱えたまま歩もうとし、そのすべてが平安から私を遠ざけていました。しかし今、現在も未来もあなたにゆだねるとき、特別なことが起こると理解しました。従順はもはや難しいものではなく、私の魂は穏やかで持続する喜びに満たされます。あなたは犠牲さえも内なる力の源へと変えてくださいます。

父なる神よ、今日、私のすべてをお受け取りください。私の思い、感情、態度―すべてをあなたの御手に委ねます。どうか私を清め、あなたの御心に従って形づくってください。もはや自分のためではなく、あなたのために生きたいと願います。そうすることで、あなたが私のために特別に用意してくださった真の目的に近づけると信じます。私を完全な委ねの場へと導き、自由と平安、揺るがぬ信仰をもって生きることができますように。決してあなたに従うことをためらうことがありませんように。なぜなら、その道こそが、私が本当に造られた者となる道だからです。

ああ、至聖なる神よ、愛と真実をもってあなたに従うすべての者に近づいてくださることを賛美し、崇めます。あなたの愛する御子は、私の永遠の君であり救い主です。あなたの力強い律法は、疲れた魂を優しく包み、日々希望を新たにする歌のようです。あなたの戒めは、確かで安全な光に照らされた道となり、忠実な子どもたち一人ひとりを永遠の目的地へと導いてくださいます。尊いイエスの御名によって祈ります。アーメン。



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